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現代美術家 宮永愛子 すべてのものは変わりながら在り続ける

2019年8月28日

《life》2018

身近な日用品をナフタリンでかたどったオブジェや、塩を結晶化させるインスタレーションなど、時の経過とともに変化する作品で知られる現代美術家の宮永愛子。代表作の一つ、時計をかたどった作品は、「NIIZAWA KIZASHI 2018」のアーティストラベルに採用されている。瀬戸内国際芸術祭2019の参加展覧会として髙松市美術館で開催されている宮永愛子個展「漕法」の会場で話を伺った。 

痕跡がかつてそこにあったものの存在を想起させる

インタビューに答える宮永愛子さん

あまり知られていないが、宮永は京都で曾祖父の代から陶芸を営む「宮永東山」の家に生まれた。富本憲吉をはじめ作家の出入りも多く、身の周りはごく当たり前に陶芸作品があふれていたという。人が集まればアート談義が始まり、「誰もやっていないことをやらないと意味がない」と言わんばかりの環境で育った。

《手紙》(部分)2013-2019

宮永がナフタリンと出会ったのは、卒業制作を控えた大学3年の夏。京都の自宅で母と衣替えをしていた時、洋服を収納していた大きな茶箱の中で防虫剤のナフタリンが目に留まった。すでに中身は無くなり、小さな袋だけになっていた。そこにはかつてナフタリンがあったことを思わせる丸いふくらみが残っていた。

「その痕跡を見た時、なんだか愛おしくて。ナフタリンで彫刻作品を作ったら、今まで誰もやっていない、消えていく作品が作れると思ったんです。痕跡だけでそこにあったものを想起できることに強く惹かれました」

衣替えから発想し、ナフタリンで洋服をかたどった作品を制作したのが今の創作の原点である。

世界は、変化し続けている

《suitcase -key-》2019

ナフタリンは昇華しやすい物質で、常温で置いておくとやがて消えてなくなってしまう。そのため宮永の彫刻やオブジェは、「儚い」印象を持たれることが多い。

「ガラスケースに入れたナフタリンの彫刻のフォルムだけを見てしまうと、消えて無くなるように見えるのですが、実際は無くなっているわけではありません。同時に同じ空間で形を変えて結晶化しています。その結晶が不安定になったらまた別の形に変化します。見た目の形は変わっていますが、何も変わらないまま在り続けています。その変化を楽しむというか、不安定ながらも均衡している様子を見守るという感じでしょうか」

《海に聞いた話》2019

例えば、丸いガラスの容器の中に、ナフタリンの帆を張った玩具の船を密封した作品《海に聞いた話》2019。時の流れを旅する船の帆はわずかずつ崩れ、形を失っていく。容器の内側にはまるで霧氷のように昇華したナフタリンが結晶化し、重くなったものは下にこぼれ落ちている。小さな世界で起きる微細な変化に私たちは時間を感じる。

木や石膏の彫刻も長い年月をかけて変化していくが、ナフタリンを使った宮永の作品は鑑賞者が見ている目の前で小さな結晶が浮遊しているのが見えることもある。静謐でゆっくりと時を刻んでいるように見えて、彫刻作品としてはものすごいスピードで変化しているのだ。 

移ろいながら変わる世界を通して、見る人の心を柔らかく解きほぐしたい 

《waiting for awakening -chair-》2017年

実際の椅子や靴などをナフタリンでかたどり、アクリル樹脂に閉じ込めた作品には、必ず一カ所小さな穴が開けられ、そこはシールや封蝋でふさがれている。樹脂のなかでナフタリンの椅子は静かな眠りの中にある。だがシールをはがした瞬間、椅子は空気に触れて目を覚ましゆっくりと昇華し、やがて消えてしまう。後にはそのものがあった形跡が空洞となって残るという仕かけだ。

宮永の作品はいつも変化を伴う。「すべてのものは変わりながら在り続けています。ぐっと引いた視点で見ると、私たちも明日どうなるかわからない中で、今は安定しているように見えますが、良いも悪いもなく移ろいながら変わり続けています。そういうものだと思ったら、もう少し物事をリラックスして考えられたり、別の視点から眺められるような気がします。私の作品が見る人の心を柔らかく解きほぐしてくれるようなものでありたい」 

脈々と続いてきた人類のいのちをつなぐ瞬間の点でしかない 

瀬戸内国際芸術祭2019「島の中の小さなお店」プロジェクト《ヘアサロン壽》(女木島)鏡越しに外を見るとさらに大きく見える。

宮永自身、子供を産んで母親になるという変化を経て、それまでのこだわりから解放されたという。

「以前は子供を持つと今のような自由な作品が作れなくなると思い込んで、『アート巫女』のようにストイックに創作にのめりこんでいました。でも子供を持ってみたら、『アート巫女』だった時代は一体何だったんだろうと拍子抜けするほど、別の豊かな時間が開けていました。自分が脈々と続いてきた人類のいのちをつなぐ瞬間の一点でしかないという思いも強くしました。それまで時間を超えた作品を作ると言いながら本当の意味ではわかっていなかったのではないか。あらためて時間の捉え方について思考することが多くなり、作品が深まってきたと感じています」 

それぞれの「漕法」で生きる

高松市美術館の「漕法」で讃岐名石「サヌカイト」を素材とした新作インスタレーションを展示

親となって実感する、いのちのつながり。陶芸家である父の影響についても聞いてみると-。

「父は、私が描いた絵を見せてもほめてくれたことは一度もありませんでした。いつも普通やなで終わり。ただ母だけがそんなことはないと言ってくれました。ナフタリンの作品を始めた時も、一生懸命やっていれば必ず誰かが見てくれていると応援してくれました。今でも父はあまりほめたりしませんが、今回、高松市美術館の個展でサヌカイトの展示はなかなかうまくいっているねと言ってくれました。滅多にないことです(笑)」

そう言いながら、高松市美術館の個展「漕法」には、同美術館が所蔵する父3代宮永東山の作品がひそかにコラボ展示されている。個展の準備中に、父親がかつて所属していた『走泥社』の展覧会が森美術館で開かれているのを知り、高松市美術館にも作品がないか問い合わせたところ、2点の作品が収蔵されていた。その後のエピソードが面白い。

宮永里吉《寓話の壁》1964

「写真が送られてきて、母がその1枚を見て、”これ64年の作品ね”と制作年を覚えていました。聞けば、母が結婚のあいさつをしに京都を訪れた時、ギャラリーで初めて見た父の作品がそれだったんです。陶芸家に嫁ぐと聞いていたのに、何これ、器でなくて変なオブジェじゃないと驚いたそうです。そのエピソードが面白くて。私の個展は『漕法』というタイトルで、いろんな人の生き方を考える機会にしたいと思っていたので、母の生き方を象徴するものとして勝手に『裏漕法』と名付けて展示していただいたんです」 

時計から時間が解放されていく

《みちかけの透き間 –時計–》2017, © Miyanaga Aiko, Photo: Kioku Keizo, Courtesy of Mizuma Art Gallery

昨年、「NIIZAWA KIZASHI2018」のラベルに、宮永の代表作の一つである時計の作品が採用された。

「ナフタリンの時計は次第に崩れて結晶化し、止められない時間が流れていることを感じさせます。逆に、淡々と時を刻む時計の形が失われていくことは、時計が時間から解放されていくようなイメージもふくらみます。時間をかけて醸造されたNIIZAWAは、その中に見えない豊かな時間が流れています。そして開封した時に人と人が交流するまた別の至福の時間が始まります。その時間の流れの中で作品もお酒と一つになれたらうれしい」

時計の針の外で刻まれるそれぞれの「とき」。宮永の作品とNIIZAWAに共通するのは、変わりながら在り続ける永遠性にあるのかもしれない。

自らラベルをデザインした「NIIZAWA KIZASHI2018」を持つ宮永さん

宮永愛子 Profile

1974 京都市生まれ

1999 京都造形芸術大学 美術学部彫刻コース卒業

2008 東京芸術大学 美術学部 先端芸術表現専攻修士課程卒業

ナフタリンを使ったオブジェや塩を結晶化させるインスタレーションなど、時間を可視化する作品で世界的に注目を集める。主な個展に「なかそら -空中空-」(2012、国立国際美術館/大阪)、「life」(2018、ミヅマアートギャラリー/東京)、「漕法」(2019、高松市美術館/香川)、「ヘアサロン壽」(女木島/香川)など。

「日産アートアワード2013」グランプリ受賞。

「NIIZAWA KIZASHI 純米大吟醸 2018 宮永愛子」

日本酒 純米大吟醸 精米歩合 : 7%

¥43,200

インタビュー、写真:鈴木大輔

編集:赤坂志乃



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